セコ道くさくさメモ

うろうろ日記のメモとして
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『父親のすすめ』と『児やらひ』
先週、古本屋で、ふと目に留まった大藤ゆき『児やらい 産育の民俗』(岩崎美術社)を買った。初版は昭和19年で、加筆され戦後何度か出版されており、買ったのは96年の版なのだが、柳田国男の初版からの序文「四鳥の別れ」はそのまま。この序文がとてもよかった。

「児やらひ」の「やらひ」という言葉は、日本で最も古い言葉の一つであるが、わずかに中国、四国地方に「子やらひ」「孫やらひ」という方言として伝わっていたのだという。柳田は
【やらひは少なくとも後から追い立てまた突き出すことでありまして、ちょうど今日の教育といふものの、前に立って引っ張って行かうとするのとは、まるで反対の方法であったと思はれる】
と言う。そして、「人を人並みにして人生へ送り出す期限」はかつては思い切って早く、おおよそ十五歳であったと言う。早かったわけは、
【人を成人にする大切な知識の中には、家では与へることができぬことが実はいくつもありました。さふいふ点については世間が教育し、また本人が自分の責任で修養した】
のだと。

「児やらひ」というのは、子供をおおよそ十五歳くらいに自立させる、大人の仲間入りをさせることを目標に、妊娠から始まって出産、節目節目の行事など育児に関する全てのことだ。何を行うかは、その地方によってさまざまだったが、目標は子供を一人前にすることなのである。

一方で、子供との別れを強く悲しむ母の姿は、親として当たり前であるということも書いている。
【人は児やらひのためにみなやつれてしまいますが、その代わりに恩愛のきずなは永く絶えません。ただそれと次の代の新鮮なる生活計画とをいっしょにしてしまふことを避けさへすればよいのであります】
と、柳田はやさしげだ。

特に、社会がめまぐるしく変化する時期にあっては、子供の将来は親の想像を超えうる。しかし時代が変わっても、柳田は
【丈夫なたくましい人にもたれかからうとせぬ若者を、育てて送り出すことは国のためであって、同時に彼らの安全なる道でもあります。】
と書く。「お国のため」とか言われると、引いてしまうが、昭和19年だし…。でも、「児やらひ」の考え方は、現代にも十分通じるものがあると思った。

そんなことを考えていた、おとといの月曜日、娘の音楽教室を待つ間に本屋に入ると、新書コーナーで日垣隆さんの『父親のすすめ』(文春新書)を見つけたので、さっそく購入してミスドで読む。レイアウトがゆったりしていて読みやすく、娘を迎えに行くまでの間に読めた。

メルマガで連載されていたから、ほとんどの内容は読んでいたはずだが、あらためて読んでみて、とても嬉しい気持になった。日垣さんの行ってきた子育ては結果として「児やらひ」だったのである。柳田国男が先に紹介した序文を書いてから、およそ60年。

戦後の男親は、ほとんど育児を妻ひとりに任せっぱなしで平気でいて、しかも共同体から切り離されているから、本当に子供と父親は関係が薄い。抜き差しならぬことでも起こらなければ父親が家族との関係を見直す機会がない。母親による子育ては、あまりにつらい「四鳥の別れ」=子供の自立を避けるように避けるようにエスカレート。利己的な坊ちゃん嬢ちゃんが量産された。

やっぱり「児やらひ」は、「父親」が育児に登場することでしか現代に位置づけられなかったかもしれないと思う。話は飛ぶが、近所に好ましく思っている一家がいる。両親と中一を筆頭に3人の娘と一人の息子(幼稚園児)。そこのお父さんは、非常にうるさい。帰ってきたときに、家族全員で「お帰りなさい〜」と玄関まで迎えに出ないと機嫌が悪い。箸の持ち方や口のきき方、あいさつにうるさく、娘たちがバタバタドタドタと歩くと叱られる。お父さんが帰ってくると、お母さんは「はやく〜、みんな玄関に行きなさーい」と子供たちをせき立てる。その辺の夫婦の役割分担が見事。お父さんは、子供たちが将来社会に出ることを前提としてきびしくしている。そして、あのお父さんをクリアできたら、どこに行ってもやっていけるのだった。

日垣さんと似ている…。しかし、そのお父さんは本を書かないのだ。自分自身の子育てをフィールドにしながら本を書ける人はそういない。女性には出産本や育児本が多いけれど、体験談だけで終わっている場合が多い。人は自分自身のことはあまり客観的に観察したり、位置づけたりすることが難しい。本を書ける人は、本音と建て前がうんと離れてしまう人が割と多く、生きるのに忙しい人は本が書けない。個別状況と全体状況を見ながら、両方について書いてしまうところが、他の男性ライターにはあまりない日垣さんのすごいところ。しかも、必ず具体的な提案をいくつもしている。

日垣さんは「若気のいたりで期せずして親になってしまった父親」だと言う。私もそうだが、多くの親はそうであろう。ちょっとホッとする。でも、父親として家族と一生懸命に関わってきたのだというのは、よーく伝わってくる。こんなことを書くと非常に僭越なのだが、本を読むと、あまりに見事なお子さんたちの成長ぶりが見受けられ、実は日垣さんはお子さんたちによって、「父親」というか、「大人」にしてもらったのではないかと思ってしまった。

「父親のすすめ」の内容をメルマガ連載中の2005年4月に、日垣さんに「なごや博学本舗トークライブ」においでいただき「子育ての卒業式まで父親は何ができるか」をテーマに講演をしていただいた。
http://hakugaku-hompo.tripod.com/0504/0504top.html
この講演を依頼したときには、仲間内からも「え〜!?日垣さんに子育て論〜!?もっとハードなテーマがよいのでは?」と異論があった。特に日垣ファンの男性から。しかし、やっぱり日垣さんに子育て論をお願いして正解だったのだと自負している。

もう一つ、「父親のすすめ」のあとがきに、母親兼業ライター仲間(仲間と言うにはおこがましいが)で今年フリーランスとして始動した満井みさ子さんの名前が加筆作業の助っ人として上げられていた。よかったね。いい仕事、おめでとう。
「ちいさな何かのひとつ」
http://d.hatena.ne.jp/mitsumisa/






新たな自分探しなど必要ないじゃない
中田引退が今朝の毎日新聞のトップ記事だった。まず思ったのは、なぜ、このタイミングでそういうことを発表するのか?ということ。それほど彼にとって日本代表でプレーする意味は重かったのだろう。でも、まだW杯の準決勝、決勝が残っていまっせ。中田の心にはサッカーの神様は宿っていないのかもしれないと思った。宿ってたら、W杯の途中でそんなこと言わないはずだ。恥ずかしくて。

中田はイチローよりも複雑な内面を持っていそうだ。イチローの心には、どうも野球の神様が住んでいて、何があってもそこに戻れる、そんな感じがする。非常に素朴な人だといえる。だもんだから、その単純さ、素直さはチームメイトにも伝わりやすかったのだと思う。その素直さは、熱狂しやすさでもあって、ちょっと怖い面もあるわけですが。

でも、才気溢れる中田は、もうちょっと屈折している。サッカーの神様ではなくて、「自分」という神様に従う感じ。イタリアに行く前から、既に会計士か何かの勉強をして、サッカーが全てではないというようなことを言っていた。

が、しかしーーー。毎日新聞に中田のサイトにアップされた全文が載っていたので(それもすごいが)、それを引用する。(中田のサイトを見れば載っているわけですが)

【…ブラジル戦の後、サッカーを愛して止まない自分が確かにいることがわかった。自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。】

ピッチに倒れているとき、あれほどクールな中田が泣いていた。

【それは傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった】

私は、この文章を書いた中田を信用する。しばらく見失いかけていた「子供の頃に持っていたボールに対する瑞々しい気持ち」が、ブラジル戦後にこみ上げてきたというのは、偽りのない、素の中田の気持ちだろう。

だったら、なぜ?ここで辞めちゃうの?今からようやく始まるのに。「新たな自分探し」になどに行く必要はない。だって、中田はようやく「サッカーで生きる自分」に改めて出会ったんだから。

しかし、タフな中田が、それほど傷ついたということだろう。それは想像できる。中田は、プレーを通して主張していた。チームプレーであっても、個人が責任を負って戦うのだということを。これは、日本の「世間」にとっても、新しい考えなのだと思う。上や周りの言うなりでなく、自分勝手でもなく、組織で仕事をする前提だ。

誇り高い中田が傷ついたのは、チームメイトたちに個人が「責任を負って戦うことの尊さ」を、どうしてもわかってもらえなかったからだろう。でも、もし、引退にチームのふがいなさの責任をとるという意味があるのなら、辞める必要はないと思う。


周りの親しい人間にできることは、中田をそっとしておくことではなくて、新たなピッチを用意することだろう。Jリーグがいいかもしれない。キラーパスを送って若手をどんどん走らせて、ジダンのようにリベンジしてほしい。「最強伝説中田」の始まりを期待したい…そう思っている人は多いだろうに。もし、中田に妻がいれば、確実に叱咤するだろうに。「美学なんてくそ食らえ。あんた、このまま逃げて悔しくないのっ!」と。※そういう人を妻にはしないんだろうけど…。

ま、しかし全文を読むと、最後の方に、

【サッカーを辞めることは絶対にないだろう。旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりにボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持を持って】

うーむ。キャノンのイクシイを持って、世界を旅する中田の姿が目に浮かぶ。でも、旅じゃなくて、どこかの国で若手を育てるという選択肢はある。走れる指導者として。できれば日本でやってもらいたいけど…。


人間の誇りを賭けて戦う『最強伝説黒沢』
『ビッグコミックオリジナル』は近所の喫茶店に置いてある。そのなかで楽しみに読んでいるのが『プルートゥ』と『最強伝説黒沢』、『弁護士のくず』(弁護士のくずは、テレビの方がキャラが立ってて面白い)。

「黒沢」のマンガ家・福本伸行はギャンブルマンガで有名らしいのだが、私は未読。が、「黒沢」の連載が始まったとき、強く引きつけられた。とても新鮮に思えたのだ。男が自分の内面を、モノローグの形でこれほど語っているマンガを私は他にあまり知らない。

黒沢は44歳独身の工事現場の監督。冒頭、彼は、2002年のワールドカップの熱狂のなかで思った。《オレが求めているのは「中田!」「森島!」っていうようなことじゃなくて、オレの鼓動…オレの歓喜。オレの咆吼。オレのオレによるオレだけの感動だったはずだ》《どんなに大がかりでもあれは他人事だ!他人の祭りだ》

高校を出て現場で働いて26年、身体だけは丈夫だが、これまで何となく毎日毎日を暮らしてきた。誕生日を職場のカレンダーにさり気なく記しても誰にも気づいてもらえず、ひとり居酒屋で軟骨からあげのご飯セットを食す。話し相手といえば、現場で働く交通整理ロボットの太郎だけ。さびしさが募る。

仲間から信頼を得ている同僚を見て、わき上がる「人望がほしい」という望み。黒沢は、現場仲間にさり気なくアジフライを振る舞うが、やっぱり気づかれないトホホの日々。この辺のトホホさ加減が、非常に笑える。黒沢の言葉遣いが非常に面白い。

黒沢は、ひょんなことから中学生にオヤジ狩りの目に遭う。オヤジをこれからリンチしようというのに、車のなかで会話もせず低いテンションでゲーム機に没頭する中学生たち。全く理解できない「エイリアン」たちに自分が殺されるかもしれないと思う。

黒沢は《ざけんなよ。くすぶってんのはおまえらだけじゃない。そりゃ、いろいろあるだろう。おまえらはボンクラ。不出来だ。人を引きつける容姿や才能、天性とは無縁。かつ努力も嫌い。そのくせ扱ってもらいたいんだ。人からは大層に!横着者め》《そっくりだ!オレにそっくり。ダメ人間。が…勘違いするなよ!お前らはダメな上に卑怯なんだ。だって、そうだろ。勝つ戦しかしねえんだ。多人数で武器を持って一人を襲うんだろ。その汚さが正真正銘クズなんだよ!》と心のなかで思う。

中学生たちは黒沢をボコボコにした後、土下座して謝れと言う。黒沢は命の危険を感じてもはや観念して謝ろうとするが、どうしても声が出ない。頭のなかで、自分に問う。

《どうして固まる?なぜ停まる!何を守っている…?あやまらないことによって。それは、命より大事なものなのか…?》


このとき仲間が駆けつけ、仲間に無様な姿をさらしたものの助かった。しかし、この屈辱の体験から黒沢の最強伝説が始るわけだ。


そんななか、最強の中学生・仲根が登場し、サシで闘う。『バガボンド』を思い起こさせるすさまじい闘いだ。死闘を続けるうち、黒沢のモノローグが突然相手に伝染するところには感動を覚えた。そこで初めて無感情でなんの躊躇もなく金属バットを相手の急所に振り下ろす若者の言い分が語られる。

《大人は怖くねぇ!連中、覚悟がねえ。えらそーにしてても本当は闘う気がねえ。闘わず遮断!自分とは関係のない人間…異次元の話しみたいにして切る。そんな連中は怖くねえ。殺す気も殺される気もねえんだ》

ところが、黒沢の死ぬ気の突進を受けて、「そんな大人がまだいたんだ」と仲根は愕然とする。

黒沢が守ろうとしたものは人間の誇りだ。卑怯なやつらに屈することはできない…ということで、ヒーローものといえばヒーローものなのだが、この黒沢はおっちょこちょいで、トホホ。戦い方も非常に泥臭い。もう、ただただ必死。山崎努のようなごつい顔をゆがめて、涙をボロボロ流して歯を食いしばる。で、うまくいったかと思えば、すぐにつまづく。何をやっても、ちょっとずれている。でも、そこに笑いとリアリティーが宿る。

「人間の誇り」と言葉で言うのは簡単だ。大人の世界は、そんな薄っぺらな言葉が満ちている。だが問題は、生と死が地続きであること、自分と他人が地続きであることが、想像できないところにある。自分と他人が、簡単につながってしまうというのは気持ち悪いが、かといって他人を求めなければ、自分のことはちっともわからないままだ。誇りもへったくれもない。

誇りを守るには、黒沢のように、ダメな「自分」を引き受けることからしか始まらないのだろう。自分を高みに置いて、何を言っても他人との断絶は相変わらず。何も響かない。しかし、黒沢のダメな自分の全存在を賭けた戦いは他人にもビンビン響く。

連載の方も、すごい。ホームレスを襲撃する若者と闘っているのだが、若者がホームレスのおばあさんをいたぶろうとして、黒沢の何かが爆発。ものすごいことになっている。どうなることやら。














写真家寺西二郎の見た昭和展
昨日は一日中雨。午後、友人Iさんに誘われて名古屋市博物館の『写真家寺西二郎の見た昭和 表現と記録』展を見にいく。http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji17/051123/1123.html
寺西氏は昭和4年生まれで昭和40年から名古屋市広報課に在籍しながら名古屋近辺でスナップ写真をとりまくり、退職後フリー写真家とし活動する方。アマチュアではあったのだろうが、同時に展示されていた昭和40年頃のカメラ雑誌には、寺西氏の写真が掲載されている。こうした雑誌の投稿の常連だったのだろう。番付で一番になったりしている。で、膨大なネガを博物館に寄贈したことから、今回の企画展が実現した。大量の写真のなかから昭和30年代、40年代を中心に選んで展示してある。

何気ない風景を切り取った膨大な写真が今ではとても貴重な記録。写真の下には、展覧会を見た人のコメントの紙が多数貼られている。そのことによって展示がさらに面白いものになっている。年配の人は自分の記憶が生々しくよみがえるようだ。「自分もこのあたりに住んでいました」などのコメントが多い。Iさんは「名古屋城の堀端で自分もこんな風に魚釣りしてた」と言っていた。

テレビ塔の下で晴れ着で記念撮影をする人、公園の木のところで弁当を広げる家族、名古屋駅の前をふろしき包みを前後に振り分けている生活感満点のおばあさん、お祭りの様子、露店商、乳母車の骨組みで遊ぶ子供…。カメラを向けられて不快な顔をしているおばあさんもいた。自宅の冷蔵庫の中身、クリスマスの食卓などなど。何でも撮りまくったのだろう。

寺西氏の視線が面白いのは、とてもニュートラルなスタンスがうかがえる点。何か主題や主張があって、そこに焦点を当てた写真というよりも、むしろ雑然として、どうにでも意味が読み取れるような生活そのものを切り取ったように見える。でありながら、寺西氏自身が何も考えずにカメラを向けているかというと、そういう感じでもなく、いろいろに見える対比を面白がっているような節がある。

「野球禁止」と大書された公園の看板のうしろで野球に興じる多数の大人たち、ストリップかレビュー嬢がパンツ一丁で休む様子を店の裏から撮ったり、煙もくもくの工場地帯で三輪車をこぐ子供(これは上に示したリンクで見られる)、新しく造成した星ヶ丘団地の何もない荒野のようなバス停でバスを待つおばあさん。

昭和40年頃、寺西氏がカメラ雑誌に投稿して3等になった作品を当時の雑誌で見ることができる。勲章のようにアクセサリーをごてごてに着けた若い男性の写真と、明治時代の偉い人が勲章をたくさんつけている写真を並べたもの。そこに寺西氏のコメントがついていて、かつては権威の象徴であった勲章が、権威とは正反対の若者の風俗と化していることを面白がるようなことが書かれていた。

別コーナーで昭和天皇の崩御の日に撮りまくった写真も展示されている。自宅のテレビ、役所で新聞を読む人、大須観音ののみの市、光ゲンジのコンサートの中止を告げる貼り紙などなど。

名古屋出身の横井庄一さんが帰ってきたときの騒ぎの様子も記録されている。名古屋駅はもちろん、地元の中川区でも地元民総出でやんややんやの大騒ぎ。

メーデーの写真は、何か行楽風景のような楽しさも感じられ、また民社党の春日一幸の街頭演説も力強さが感じられる。雨のなか、差し掛けられた傘は番傘だ。埋め立て地で「シェー」をする子供たちは屈託がない。

たくさんの写真を見ると、昭和40年頃の空気というようなものは感じられる。やっぱり復興期というか高度成長期というか、まだまだ貧乏で生活苦はあるが、やはりそこに具体的な「みんなの」希望があったのだと感じられる。具体的な希望というのは、目に見えて豊かになる街や家々。だいたい名古屋も一面焼け野原だったのだから。

そうはいっても、今も昔も大して変わらないよなあという様子もいっぱい。近代になってこの方、歴史的にいっても、日本はとってもちぐはぐな時代を生きているわけで、そのことにおいては今でもそうだ。生活のちぐはぐさを嫌わないで、ちゃんと見据えて、しかも記録しまくってきた寺西氏の視線は、私にとって自分の「先を行く人」のものだと思った。非常に刺激を受けた。

この展覧会は3月5日まで。

会場の隅で上映されている名古屋市の当時の広報映画も見応えがある。(寺西氏が関わっているのかどうかは確認していないが)。私が見たものは、まさに「プロジェクトX」。昭和30年代、都市計画道路に引っかかる繊維会社の大きなビルを9メートルほど移動させる大プロジェクトだ。当時1億円かかったその事業の記録映像。とにかくものすごい工事。映画の締めくくりは復興をアピールする内容だが、大げさなまでに非常に高い志が感じられる。ちょっと笑えるほどに。名古屋市もがんばっていたのね。

スマップのトライアングルの歌詞
スマップの「triangle」。紅白の大トリでもあったこの曲、何かこうずっと違和感を感じていた。今さらスマップの歌詞にケチつけるのも何だけど、よく有線放送で流れていたりするので、その度に気になって。「世界で一つだけの花」が反戦歌と受け取られているという話もあったが、「toriangle」は明らかに反戦歌。

私なりの解釈ではあるが、歌の内容をご紹介すると、冒頭、東京の片隅に住む若者が、ここからでは世界に起こっていることが目をこらしても見えないと言う。この「つかみ」はいい。そこから想像力を働かせ戦火の少女のことなどに思いをはせる。で、肌の色や国が違っても、自由であればこその命であり、地球上に生きて在るということは奇跡なんだと。この辺は「世界で一つだけの花」ですね。

二番では無口だった自分の祖父、それから父に思いをはせ、敗戦から繁栄を築いた人々の過酷な道を思う。で、自分たちは何も知らずに繁栄のなかに生まれたけど、その思いを受け継ぐんだという意志を表明。クライマックスは以下。急に風景が戦場になる。

【歌詞を引用】
大国の英雄や 戦火の少女
それぞれ重さの同じ 尊ぶべき生命だから
精悍な顔つきで 構えた銃は
他でもなく 僕らの心に突きつけられている
深く深く 刻まれた あの傷のように
【引用終わり】

違和感の元が何なのかよくわからなかったのだが、今朝、ハタと気づいた。銃口の向きが逆なんだと。精悍な顔つきをした米軍が無垢な少女や一般市民に銃口を向ける。その銃口は「僕らの心に突きつけられてる」と感じる若者。そこからわかるのは、戦火に怯える少女に深く同情していること。もう少し深読みすると銃をかまえた貧乏な米兵にも同情しているのかもれない。が、自分の方がが銃を向けている、向けるかもしれないという「加害者」の可能性を、ちっとも考えていないみたい。だから、とってもナイーブに「被害者」に心を寄せられる。その心は容易に自分も被害者であるという気持ちに変わるだろう。

弱者に心を寄せるのは、ある意味よいことだと思うが、でももう君たちは無垢な少年ではないよ。30過ぎてるし。キムタクは二児の父。歌詞を書いたのは彼らではないけど…。想像力を働かせるならば、無力であるということ、先進国で普通に生活していられるってこと、それだけで誰かの取り分を奪っていることになると思うのではないだろうか。別に感性の鋭い人だけが感じ取ることではなく、普通に。銃口を向けている、向けるかもしれないのは「僕ら」ですよ。その辺の自覚のなさが嫌なのであった。自分が「弱者」であるという立場に身をおいていたら、いくらよい言葉を並べても、実際に少女を守ることはできないだろうと思った。

まずは、自分が引き受けている現実で「卑怯」な行いをしないことの方が大事なんじゃない?あんまりナイーブなことを考えていると、結局変な方向に行きかねない。昔、知り合いの理系の学生が新興宗教に走ったが、その理由は「大学で勉強していても世の中の人を救えない」だった。

ところで、反戦の意味合いのある歌を、ちょっと前、ミスターチルドレンが歌っていた。(でも、まともに聞いてないので歌詞が再現できないが)。ミスチルの場合、桜井さんの声自体に自責の色が入っている。だから創作の歌でもリアリティーが感じられる。でも、スマップの歌声はあまりにも蛍光灯のように明るい。だからなのか、先に挙げたさびの部分は、非常に難しいコードを次々に使い編曲によって複雑な感じを出そうとしている。まあ、スマップの人はそれなりに華があるから、紅白でもそれなりに格好はついていたわけだが、不満が残った。

スマップの歌としては、夏に歌っていた宮藤官九郎の歌詞の「バンバンバケーション」(だっけ?)の方がよかったな。若者のリアリティーはあった。

お見合い番組を興味深く見た
5日(月)に放映したテレビ東京、みのもんた司会の「月曜エンタぁテイメント」『愛の独身脱出大作戦・結婚の旅』が非常に新鮮だった。
http://www.tv-tokyo.co.jp/getuenta/back/onair/index.html
2時間番組で2人の30代女性のお見合いの顛末を描く。そのお見合いは、女性がそれぞれ2人の男性のところに3泊4日で「嫁研修旅行」を行い、スタジオでどちらかを選ぶ(またはどちらも選ばない)という趣向。

1人目の東京在住エアロビインストラクターは床屋さんの娘で、旅館の女将になりたいという。で、伊香保温泉の年商8億の老舗旅館と年商2億の城之崎温泉のアットホームな旅館の2軒を体験。伊香保の御曹司は東京で学生時代を過ごした女性に慣れたタイプ。そのスマートさに女性はもうグラグラ。厳しい女将に注意されつつ、女将見習いの日を過ごす。女性のお父さんは立派な旅館にちょっと臆した様子。

一方、城之崎の御曹司は若乃花そっくりの顔と体型。家族で経営する旅館の板さんでもあり、すべてを切り盛りしている仕事のできる人だが、彼女いない歴33年。非常に奥手である。仕事を終えて繰り出した馴染みの店で彼女との会話が弾まないのを見かねて仲間から助け船が出るほど「いい奴」。家族経営の旅館はとてもアットホーム。御曹司の妹の子供も女性に懐き、とてもいい雰囲気。若乃花は女性にグッと惹かれてぞっこん状態となった。女性の両親も城之崎では超リラックス。お父さん同士も意気投合していた。

2つの旅を終えてスタジオでどちらかを選択するわけだが、ゲストも視聴者も8割以上の人が、城之崎の若乃花を選ぶことを期待していただろう。男性2人による最後のプロポーズも、若乃花の方がよかった。「今までは人が幸せになることを願ってきたけど、あなたが来てくれて変わった。今は自分をごまかすことなく幸せになりたいと思うようになった。それにはあなたが必要なんです」と真顔で直球勝負で訴える。その純真さに誰もが打たれたのだった。

いよいよ選択の時となり、彼女は迷った末、結局伊香保温泉の御曹司をとった。「あー」と誰もが落胆した(はず)。女性は大旅館のシンデレラになりたかったのかな。伊香保の御曹司の甘い言葉に参ったのかな。幸せになるのなら、やっぱり若乃花。こっちの方が断然いい男よ!と、私を含め、おばちゃんたちはみんな思った(はず)。

こんなところに人材の鉱脈はあったのかと驚いた。テレビ東京が旅番組等で培った全国の老舗旅館とのつながりを活用して、嫁のいない御曹司を抱える旅館をピックアップしたのだろう。もし、出演して女性に選ばれなくても、旅館の好感度は著しくアップするだろう。宣伝になるから旅館にとって悪い話ではない。

また、御曹司は婚期を逃してきたとはいえ家業と財産がある人。一方、都会の独身OLのなかには、会社員よりも職人だったり家業をもつ人に憧れる気持ちがある。食べ物や旅に造詣が深く、習い事で手仕事をいろいろ経験しているし。

結婚は、女性にとって自分の人生を飛躍させるきっかけにもなる。お金の面だけでなく、婚家が旅館なら結婚によって女将になれる。東京で仕事をしていてもただのOLだが、やりがいのある専門職の仕事、しかも経営の側にステップアップするチャンスでもある。都会のOLと地方の御曹司の両者をお見合いさせるという発想はなかなかよいと思う。御曹司の側も、婚期が遅れているので、あまり高望みはしない。女性にとってはチャンスである。

今までも他局で嫁不足の村に都会女性が大挙して乗り込んで集団見合いをする番組があったが、それはあくまでも本人同士が気に入るか気に入らないかがメインだった。今回も番組も、結局は本人の気持ち次第だが、家族で受け入れるという点が違う。

母が女性に惚れ込んだり、父が女性の父を気に入ったり、親戚の子供が女性を気に入ったり。必ずしも本人同士が見合いの段階でビビビと盛り上がらなくても、家族の受け入れ態勢があれば、うまくやれるような気もする。だいたい家業を継いだ御曹司は、家族の絆の重要性を知っている人なわけだから。

てなことを考えたりして、とても面白かった。ただ、レギュラー化するとなればつらくなるだろう。城之崎の若乃花のような逸材が、そうそういるとも思えないからなあ。

少子化の原因である非婚を減らし結婚を奨励するなら、まずは御曹司を何とかするのが得策。ニートやフリーターと違って、家業のある御曹司にないのは結婚相手だけだから。なるほど〜。
少子化対策についてお呼びでないが考えた
先日の「朝まで生テレビ」http://www.tv-asahi.co.jp/asanama/video/Curr/program.html
は「少子化」をテーマとしており、女性論客が集まった。少子化対策を国として考えなければ高齢者を支える人口が減ってしまう…ということで、とてもホットな話題である。女性論客ばかり(男性は勝谷誠彦さんたち数人)だというのが目新しい。少子化が結婚、妊娠、出産という非常にプライベートな出来事に支えられているので、それぞれが自分の体験に根ざして語ったかと思えば、大きなところからの発言になったり、ひとくちに少子化といった場合に、いかに多くの切り口があるかというのがよくわかった。


私自身は、国全体から子供が減るのは非常に寂しいが、減るものは仕方がないという立場である。いくら世の中が殺伐としようと、仕方がないものは仕方がない。非婚の人がこれだけ増えているのだから。無理に産めと言っても無理だと思うし、国のために産めという言われ方は絶対に嫌だ。

個人的には知ったこっちゃないとはいえ、国の立場であればなにがしかの手を打つか、新たな方向性(例えば移民の受け入れなど)を出さねばなるまい。「朝生」であまり掘り下げて言われなかったことのひとつが、「堕胎を減らす」という策である。彼氏の子供が出来て、できちゃった結婚をしない人は堕胎しているわけだし、結婚しているカップルでもばんばん堕胎している。それらを減らせば子供は増える。非常に手っ取り早いといえよう。

堕胎については、このところ浦島太郎さんが連日考察をアップしていて、とても興味深く読んでいる。堕胎の件に言及する人は多くないので、非常に参考になる。
http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=106046&log=20051203
http://d.hatena.ne.jp/urasimatarou/20051202 他

一体、受精後いつから「人間」になるのか、その線引きは難しい。科学的にも難しいだろうし、気持ちの上でも難しい。鷲田清一さんの『教養としての「死」を考える』(洋泉社)によると、人工授精で使わなかった受精卵の葬式を出す人が少なからずいるそうだ。そうかと思えば、ためらいながらも数ヶ月の胎児を堕ろす人が多数いるわけだ。とりあえず親が、自分の子供だと思った瞬間に胎児は「人間」になり人間扱いされる。それが受精卵だろうと数ヶ月だろうと。グレーゾーンのところに水子地蔵なり、堕胎する親のためらいというものがある。今のところは、まだ堕胎は罪であるという認識は共有されていない。

私は、共倒れをさけるためにやむなく胎児の命を葬るという、悲しい選択をした人を責める気にはなれない。しかし、できることなら授かった命はひとつでも多くこの世に送り出してやりたい。そういう矛盾した意見を持っている。

そこで、ひとつ思いついた。法外な堕胎税はどうだろうか。今は堕胎にかかる費用は10万円くらいだろうか。出産が30〜40万円かかるのに比べると安すぎるのである。実費ではなく、税をかけて、費用を100万円くらいにする。せめて50万円くらいに。出産の方は今でも一時金として30万円くらいもらえるが、もっと出す。すると、堕胎費用が工面できず、とりあえず深い考えなくして産む人が増えるはず。でも、産んでからの捨て子も増えるだろう。子供を増やしたいのなら、そのリスクは覚悟する。

堕胎を減らす一方、養子縁組を増やすしくみを作る。血が繋がっていなくても親と子になれるという雰囲気も。犬や猫などのペットを死ぬまで愛して大事に育てられる人なら、自分の遺伝子を継いでいない人間も十分育てられる。と、いろいろ考えると荒唐無稽な気もする…。が、どうせ自分の命自体、預かったものにすぎないと思えば、遺伝子にそれほどこだわりなくやれると思うんだけどなあ。













薬師丸ひろ子リターンズ
昨日の映画「Always」の感想の続き。「野ブタ。をプロデュース」の野ブタ。こと堀北真希が実はものすごく可愛いくいとか、ごひいきの堤真一がオヤジ役を楽しげに演じていることなど、子役も含めて役者がとてもよいわけだが、なかでも嬉しいのが薬師丸ひろ子の復活。私は薬師丸さんと同い年(歳がバレル…)。「野性の証明」で13歳のときに鮮烈なデビューをして以来、一緒に歩んできた(大げさだが)。「セーラー服と機関銃」のときは、あのギザギザカットの髪型、「探偵物語」のときは、あのおかっぱ頭を真似したし。

同年代の女子にとって、10代の薬師丸さんがどういう存在だったかというと、大人の女になることに非常に抵抗のある女の子が、自分を重ね合わせることの出来るアイドルという感じだ。

当時は中学生くらいになると、女子(男子もだけど)が豹変して色気づくのである。小学生の時には、ほとんど「スカートをはいた男の子」だったのに。私は今でも、いたずらや冒険に満ち、やんちゃな男の子と張り合っていた小学6年生が至福の時代だったと思っている。なのに、だんだん身体は大人の女に近づくし、早い子だと中2くらいで衝撃の「体験」を済ませてしまったりする。自分も、そのうちそういう世界に入らないといけないのかと思うと、逃げ出したくなる。心身のバランスがヘンな時期だ。

10代の薬師丸さんは年齢よりも幼く見え、しかも少年のような男顔だった。色気とか、媚びなどは全く感じさせない。自分が置かれた「女」になっていくという状況に納得していないぞと言いたげな不機嫌な顔。その辺に、何か特別なものを感じていたのだった。

そうこうしているうちに20歳くらいになり、「Wの悲劇」はよかったが、それ以降の薬師丸さんの作品はほとんど印象にない。玉置浩二と結婚して離婚して、テレビドラマに出たのが数年前。

その頃だったと思うが、ナンシー関は「薬師丸ひろ子の立ち姿がつらい」とコラムに書いていた。私もドラマを観て現代物のヒロインが本当に似合わないと思った。

近頃、テレビドラマや映画などに出演していることは知っていたが、まともにチェックしていない。だから「Always」で随分久しぶりに薬師丸ひろ子を観たのだった。すると、意外や意外。彼女の居場所はここにあったのかというくらいにお母さん役が似合う。

清楚なブラウスとカーディガンにタイトでないスカート姿。パーマを当てて後ろでまとめた髪に丸い顔。それからちょっと太めの二の腕。清楚だけど肝っ玉。そんなお母さんを好演していた。

この人は、一体どういう20代、30代を過ごしてきたのだろう。結婚も離婚もして40代に差し掛かっても、やっぱりあまり色気がない。何だか、いまだに恋愛が似合わなさそう。でも、それってかえってリアルなんだと思う。

だいたい世の中には、若い女と呼ばれる20代30代で発情してみたものの、やっぱり恋愛が身にしみなかったという年増女がごまんといるはず。年中恋愛していたら生活できないし。恋愛という名前でなくても、わくわくすることは、たくさんあるのだ。そうして自分は「女」としてヘンかもしれないが、よいではないかと開き直れるのが、40歳くらいなのかも。そういえば不惑だ。女も「女」というカテゴリーになんとなく惑わされてしまうから。「女の幸せ」とか。フェミニズムの人たちも、いまだに「女たちは…」という言葉遣いだもん。

これからの薬師丸ひろ子は、お母さんや、おばさんなど、いろいろな役ができると思う。しかも、変なおばさんの役ができるだろう。あのふくらんだほっぺには毒素が入っていそうだから。私は知らなかったが週刊文春(12月8日)の阿川佐和子のインタビューによると、宮藤官九郎の作品に結構出ているらしい。本人は「宮藤官九郎さんしかいないと思って、一生ついていこうと思っているんです」と言っている。しかも「私は宮藤さんの品性をすごく信じてるんです。下品になりがちなことでも、目も当てられない下品さには決してならない」と思いを寄せている。きっと、そういう下品になりそうで品がある役をそのままやれるでしょう。楽しみ。
女帝女系容認について乏しい知識で考えた
皇室典範に関する有識者会議の最終報告でで、女帝女系容認、皇位継承は長子優先になるそうだ。http://www.chunichi.co.jp/00/sei/20051122/mng_____sei_____000.shtml
それによって愛子さまが皇太子殿下に継いで皇位継承権2位になる。仮に雅子さまが今後男子を産んでも愛子さまに継承されるという。それは、いつ生まれるか分からない男子を待つ間の過ごし方が難しいとか何とか、そんな理由らしい。

ハッとさせられたのは、その場合の皇位継承権の順位が、皇太子、愛子さま、秋篠宮、眞子さま、佳子さま、になること。え、眞子さま、佳子さま???ひょっとして、場合によっては、あの方たちが女帝になられるかもしれないの??ま、そういうことである。

旧竹田宮家の竹田恒泰氏が、本を出版したそうだ。私は週刊ポストで本の出版に当たってのインタビューを読んだ。(↓本出版の新聞記事)
http://www.asahi.com/national/update/1119/TKY200511180360.html
(浦島さんの日記でもニュースで竹田氏を見たことが言及されている。
http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=106046&log=20051121)
確かにもはや見た目はフツーの人ですね。
竹田氏は、男系継承の伝統の重要性を強調し「皇室の存在意義を守り抜くために、旧皇族の男系男子は責任を果たさなくてはならない」と旧宮家の皇族への復活も辞さない覚悟のようだ。いよいよせっぱ詰まっているわけだ。

男系だとY染色体を引き継いでいるという話は、理論上はそうであろうが、私自身はフィクションであると理解していた。だって、子供の父親が誰かなんて、母親にしかわからないし。ただ、たとえフィクションだとしても、そのフィクションの継承自体が、非常に重要なのであろうと思っていた。だから男系こだわり派の人の言い分もわかる。

ポストの記事で竹田氏の意見を読んでハッとしたのは染色体の件ではない。過去の女帝は男系が絶えそうなときのつなぎであって、男系の独身か未亡人であったということ。生理中の女性には祭祀ができないと。そうじゃん。日本は「穢れ」を忌む国だったよね。

かつての女帝が独身か未亡人であったということは、基本的にセックスしない人だってことだ。つまり孕まない人だってこと。独身でも生理はあるから、竹田氏がいうように生理があるからダメだということにはならない。しかし、お腹が大きいときに祭祀はできただろうか。妊娠すると胎児に栄養やエネルギーをとられるから、歯だってもろくなるし、とうていその年の実りを祈ったり、雨乞いをしたりとか、天災を鎮めたりと、自然の力を左右するようなエネルギーがありそうに見えないよね。お腹が大きい女帝だったら。

ちゃんと勉強してないし、そういう点を解説してくれる人が見当たらないので、何ともいえないが。基本的に男子できたということは、そういう点があるのではないかと思える。近代に入ってからは、外国と張り合っていかなければならなかったわけだし事情が違うだろうが、

それにしても、今どき「穢れ」なんてと思われるかもしれない。「穢れ」なんて気にしていないから、女帝論は平気で出てくるわけだし。しかし、天皇制の求心力の源泉は、依然として、猛威を振るう自然に折り合いをつけ、世の中に起こる不条理を癒す超人的な人という感覚ではなかろうか。大きな地震があったときに被災者を訪問されたりしているが、誰が行くよりもはまっている。大きな天災、戦争に対して「大きな悲しみを覚えます」というようなコメントを出されるが、誰が出すよりも納得できるような気がする。

日本人のメンタリティーの底の底には、やはり自然や天災に対する恐れがあり、それに天皇家が応えているうちは天皇制は続いていくのであろう。が、しかし…。

推測にすぎないが、天皇家自身が「もう限界」と言っている気がする。そう思ったら、サーヤのあわただしい結婚も納得できる。竹田氏を見て、なぜサーヤと男系男子であるこの人を結婚させようと言う声が出なかったのだろうと思った。歳も近い。竹田氏ほど天皇制の存続を憂えている人ならば、喜んでサーヤの婿になっただろうに。また、どうして皇室典範が改正されて、内親王は結婚すると新たに宮家を立てるというルールができるまでサーヤの結婚を待たなかったのだろうか。なぜ兄の友人(パシリ?)という手近なところで手を打って、バタバタと嫁に行ったのか。

美智子様は、大切な家族のサーヤを巻き込みたくなかったのだろう。もはや美智子様は家族の誰も犠牲にしたくないはずだ。だから皇太子や雅子さんに無理な要求をすることもないし、秋篠宮に男子を作れとも言わないだろう。

いずれにせよ女帝女系の容認によって、天皇制はずいぶん意味が変わる。有識者会議は非常に軽く物事を決めているが、愛子さまが婿選びという困難を経て結婚できたとして、象徴として公務をこなしながら、さらに世継ぎを求められるというのは非人間的で酷な要求だって気づいているのだろうか。

長いスパンで見れば天皇制は確実にフェードアウトし、求心力が失われていくだろう。そこで共和制を導入できるのかというと、どうなんでしょ。国民的には誰かに頼るというメンタリティーはそのままだし。心の底にある、わけのわからない天災や人間への恐れの気持ちは、どこに向かっていくのか。少なくとも、人間にはそういうわけのわからない部分があるということに対する自覚がないと、ナショナリズムとか怖いことに走りやすくなるかも。あんまり大きなことは私には何とも考えが及ばないけど。



サーヤの結婚。夜空も祝う
月と火星が並ぶ空

さっきまで曇っていた空が晴れて、
紀宮様のご結婚を祝うかのように、東の空で月と火星が並んだ。
(11月15日pm18:50)
火星は2年振りに地球に近づいていて、10月に最接近だっただそうだ。
写真だと白いけど、肉眼では赤く見えます。
月は月齢13.1。とても明るくほとんど満月に近い。
西の空には大きな木星が☆の形で光っている。

虚飾を好まず、自然についての和歌をよく詠まれていた紀宮様にふさわしい澄んだ空である。どうぞお幸せに。

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