先週、古本屋で、ふと目に留まった大藤ゆき『児やらい 産育の民俗』(岩崎美術社)を買った。初版は昭和19年で、加筆され戦後何度か出版されており、買ったのは96年の版なのだが、柳田国男の初版からの序文「四鳥の別れ」はそのまま。この序文がとてもよかった。
「児やらひ」の「やらひ」という言葉は、日本で最も古い言葉の一つであるが、わずかに中国、四国地方に「子やらひ」「孫やらひ」という方言として伝わっていたのだという。柳田は
【やらひは少なくとも後から追い立てまた突き出すことでありまして、ちょうど今日の教育といふものの、前に立って引っ張って行かうとするのとは、まるで反対の方法であったと思はれる】
と言う。そして、「人を人並みにして人生へ送り出す期限」はかつては思い切って早く、おおよそ十五歳であったと言う。早かったわけは、
【人を成人にする大切な知識の中には、家では与へることができぬことが実はいくつもありました。さふいふ点については世間が教育し、また本人が自分の責任で修養した】
のだと。
「児やらひ」というのは、子供をおおよそ十五歳くらいに自立させる、大人の仲間入りをさせることを目標に、妊娠から始まって出産、節目節目の行事など育児に関する全てのことだ。何を行うかは、その地方によってさまざまだったが、目標は子供を一人前にすることなのである。
一方で、子供との別れを強く悲しむ母の姿は、親として当たり前であるということも書いている。
【人は児やらひのためにみなやつれてしまいますが、その代わりに恩愛のきずなは永く絶えません。ただそれと次の代の新鮮なる生活計画とをいっしょにしてしまふことを避けさへすればよいのであります】
と、柳田はやさしげだ。
特に、社会がめまぐるしく変化する時期にあっては、子供の将来は親の想像を超えうる。しかし時代が変わっても、柳田は
【丈夫なたくましい人にもたれかからうとせぬ若者を、育てて送り出すことは国のためであって、同時に彼らの安全なる道でもあります。】
と書く。「お国のため」とか言われると、引いてしまうが、昭和19年だし…。でも、「児やらひ」の考え方は、現代にも十分通じるものがあると思った。
そんなことを考えていた、おとといの月曜日、娘の音楽教室を待つ間に本屋に入ると、新書コーナーで日垣隆さんの『父親のすすめ』(文春新書)を見つけたので、さっそく購入してミスドで読む。レイアウトがゆったりしていて読みやすく、娘を迎えに行くまでの間に読めた。
メルマガで連載されていたから、ほとんどの内容は読んでいたはずだが、あらためて読んでみて、とても嬉しい気持になった。日垣さんの行ってきた子育ては結果として「児やらひ」だったのである。柳田国男が先に紹介した序文を書いてから、およそ60年。
戦後の男親は、ほとんど育児を妻ひとりに任せっぱなしで平気でいて、しかも共同体から切り離されているから、本当に子供と父親は関係が薄い。抜き差しならぬことでも起こらなければ父親が家族との関係を見直す機会がない。母親による子育ては、あまりにつらい「四鳥の別れ」=子供の自立を避けるように避けるようにエスカレート。利己的な坊ちゃん嬢ちゃんが量産された。
やっぱり「児やらひ」は、「父親」が育児に登場することでしか現代に位置づけられなかったかもしれないと思う。話は飛ぶが、近所に好ましく思っている一家がいる。両親と中一を筆頭に3人の娘と一人の息子(幼稚園児)。そこのお父さんは、非常にうるさい。帰ってきたときに、家族全員で「お帰りなさい〜」と玄関まで迎えに出ないと機嫌が悪い。箸の持ち方や口のきき方、あいさつにうるさく、娘たちがバタバタドタドタと歩くと叱られる。お父さんが帰ってくると、お母さんは「はやく〜、みんな玄関に行きなさーい」と子供たちをせき立てる。その辺の夫婦の役割分担が見事。お父さんは、子供たちが将来社会に出ることを前提としてきびしくしている。そして、あのお父さんをクリアできたら、どこに行ってもやっていけるのだった。
日垣さんと似ている…。しかし、そのお父さんは本を書かないのだ。自分自身の子育てをフィールドにしながら本を書ける人はそういない。女性には出産本や育児本が多いけれど、体験談だけで終わっている場合が多い。人は自分自身のことはあまり客観的に観察したり、位置づけたりすることが難しい。本を書ける人は、本音と建て前がうんと離れてしまう人が割と多く、生きるのに忙しい人は本が書けない。個別状況と全体状況を見ながら、両方について書いてしまうところが、他の男性ライターにはあまりない日垣さんのすごいところ。しかも、必ず具体的な提案をいくつもしている。
日垣さんは「若気のいたりで期せずして親になってしまった父親」だと言う。私もそうだが、多くの親はそうであろう。ちょっとホッとする。でも、父親として家族と一生懸命に関わってきたのだというのは、よーく伝わってくる。こんなことを書くと非常に僭越なのだが、本を読むと、あまりに見事なお子さんたちの成長ぶりが見受けられ、実は日垣さんはお子さんたちによって、「父親」というか、「大人」にしてもらったのではないかと思ってしまった。
「父親のすすめ」の内容をメルマガ連載中の2005年4月に、日垣さんに「なごや博学本舗トークライブ」においでいただき「子育ての卒業式まで父親は何ができるか」をテーマに講演をしていただいた。
http://hakugaku-hompo.tripod.com/0504/0504top.html
この講演を依頼したときには、仲間内からも「え〜!?日垣さんに子育て論〜!?もっとハードなテーマがよいのでは?」と異論があった。特に日垣ファンの男性から。しかし、やっぱり日垣さんに子育て論をお願いして正解だったのだと自負している。
もう一つ、「父親のすすめ」のあとがきに、母親兼業ライター仲間(仲間と言うにはおこがましいが)で今年フリーランスとして始動した満井みさ子さんの名前が加筆作業の助っ人として上げられていた。よかったね。いい仕事、おめでとう。
「ちいさな何かのひとつ」
http://d.hatena.ne.jp/mitsumisa/